東京地方裁判所 昭和46年(ワ)2294号 決定 1971年8月02日
株式会社日本住宅総合センター破産管財人
原告
上野久徳
代理人
木戸口久義
田村護
長谷川泰造
被告
千歳興産有限会社
代理人
板持吉雄
原田正雄
主文
本件を大阪地方裁判所に移送する
事実
一 原告の請求の趣旨および原因は、別紙第一記載のとおりである。
二 被告が大阪地裁に移送を求める理由は、別紙第二記載のとおりである。
理由
一原告は、その請求する保証金の返還場所については、当事者間になんらの特約がないから、民法四八四条、民訴五条により(債権者である破産者の現時の住所が基準となる)、当庁に管轄権があると主張する。
この点に関し、被告は破産会社において本件賃貸借の目的であるビル内に支店を設けたことにより、商法五一六条三項が適用されるから、義務履行地は大阪であると主張する。しかし、原告が倒産の結果、本件賃貸借の目的たる建物部分を明渡し、破産会社としては、現在大阪に支店を有しないことは被告も争わないところであるから、結局この点に関する被告の主張は理由がない。
被告は、さらに係争保証金の返還についても、係争ビル内で返還する旨の暗黙の合意があつたこと、およびかりに然らずとするも、敷金、保証金の支払、返還は当該賃貸建物内で授受する商慣習があることを主張しているが、その当否については、一応の証拠調べをしてみなければ分らないことであり、これを明らかにするには、いきおい本案の審理にも深く立入り、かなりの日時を必要とするので、この点の判断は一応保留する。
二被告が大阪市内に住所を有することは、原告の認めるところであるから、大阪地裁が本件につき管轄権を有することは明らかである。
そこで、民訴三一条による被告の移送申立の当否について考える。
民訴三一条は、その文理解釈からすれば、訴が提起された裁判所と移送先の裁判所の双方に専属管轄以外の管轄権があることが明らかであることを前提とするもののようである。しかし、本件のように被告が受訴裁判所に管轄権のあることを争い、被告の普通裁判籍所在地に移送を求め、受訴裁判所の管轄権の有無自体の判断に相当の証拠調べと日時とを必要とする場合にも、「著キ損害又ハ遅滞ヲ避クル為必要アリト認ムルトキ」という要件さえ満足すれば、同条の立法趣旨からして、同条の適用がみるものと解するのを相当とする。
そこで、本件が民訴三一条の前記実体的要件を充足するかどうかを考える。
本訴が当庁に提起されるや、被告は大阪在住の弁護士二名を選任したが、遠隔地であるため、いままでに指定した口頭弁論期日三回のうち、二回まで、理由を附して被告代理人が欠席していることに徴しても、被告側において訴が当庁に提起されたことに不便を感じていることを窺うに十分である。
のみならず、本件は破産会社において、被告から大阪市内所在のビルを賃借したことに端を発するもので、賃料の受領その他の交渉も従来はすべて大阪市内で行われて来たことは弁論の経過から明らかであつて、本来ならば、本訴については商法五一六条三項の適用またはその類推適用によつて大阪地裁が唯一の管轄裁判所であつたところ、たまたま賃借人の倒産という被告にはなんら責めのない事由によつて、賃借人(破産会社)の大阪支店が閉鎖されたため、賃借人の本店所在地である当庁に、民法四八四条、民訴五条によつて訴が提起されるに至つたものである。そして本訴の審理については人証の数においても、事案の内容、性質からして、東京在住の者より大阪在住の者の方が多いものと予想されることと(この点について、当裁判所が特に、当事者双方に人証の数、居住地を尋ねなかつたのは、事案の性質上大体の予測がつくことと、もし尋ねたたとしても、往々にして、移送のための答申だと分ると、互いに人証の数を不当に水増しすることなどもあつて、必らずしも信頼できないからである)、事案そのものが不動産の賃貸借に基因することからして、賃借したビル所在地であり、賃貸人であるためにより適切であると考えられる。
加うるに、民訴三一条の解釈、適用に当つては、当事者間の公平ということが何より大切なことと考えられるので、移送しないで期日ごとに被告に多大の時間と費用とをかけさせることと、移送することにより原告にほぼ同様の負担を強いることとでは、総体的にどちらがより公平な措置であるかについても配慮しなければならない。この点については、上来説示の諸点と原告が破産会社の債権取立その他の整理のために選任された破産管財人であり、三人もの弁護士を本件のために選任していることとを考え合わせると、公平の見地からしても、本件の審理は、被告の普通裁判籍所在地である大阪地裁で行われることがより希ましく、それがやがて法の窮極的な要請にもかなうものと思料される。
よつて、民訴三一条を適用し、主文のとおり決定する。 (伊東秀郎)
別紙第一
請求の趣旨
一 被告は原告に対し金七、〇三二、一三四円及びこれに対する昭和四五年七月一一日より支払済に至るまで年六分の割合による金員を付加して支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決ならびに第一項につき仮執行の宣言を求める。
請求の原因
一 破産者株式会社日本住宅総合センター(以下本件会社という)はマンション投資を業とする会社であつたが、昭和四五年五月二八日警察の手入れを受けて事実上倒産し、同年七月八日破産宣告(東京地方裁判所昭和四五年(フ)第一三六号、第一四二号)を受け、同日原告が破産管財人に選任された。
二 本件会社は大阪支店を設置する目的で昭和四四年五月一日被告との間で被告所有の大阪市東区京橋三丁目五三番地所在のビルディングの内一階一〇一号室(一六一平方メートル)について貸室賃貸借契約を締結し、保証金として八百万円を差し入れ更に、昭和四五年四月一日右ビルディングの二階二〇一号室(40.54平方メートル)、二〇三号室50.88平方メートル)について賃貸借約契を締結し、保証金として三百七拾万円を手形にて差し入れた。
三 ところが本件会社は昭和四五年五月二八日幹部が「出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律」違反の容疑で大阪府警に検挙せられたゝめ営業廃止のやむなきに至つた。
原告は、同年七月八日本件会社の破産管財人に選任されるや翌九日直ちに代理人を大阪に派遣して前記ビルディングの各部屋の明渡業務に着手せしめた。
原告代理人は東京地方裁判所書記官立会のもとに右各室の什器備品について、速やかに競売処分をなし、二日後の七月一一日には右什器備品類の搬出も完了し、同日を以て前記ビルディング一、二階の明渡しを終了した(管財人としては原告家主側の早期明渡しの要望もあり、昼夜兼行で明渡しの処理を善意で行つたのであつた)。
四 本件会社の差し入れた保証金のうち、三百七拾万円の手形はその後不渡りとなつたので、現実に被告の差し入れた保証金は八百万円である。
そこで、右明渡しに伴う保証金返還の請求額は左記のとおりである。
(一) 保証金総額 八、〇〇〇、〇〇〇円
(二) 保証金より控除される金額
A、家賃(含共益費)六〇六、九八六円
B、駐車場代 一四一、五四〇円(以上六月分)
C、家賃 一八七、〇〇〇円
D、共益費 三二、三四〇円(以上七月一日より七月一一日までの日割計算家賃一七、〇〇〇×一一、共益費二、九四〇×一一)
右A〜Dの合計 九六七、八六六円
(三) よつて、原告が被告に対し有する預け金返還請求債権額は右(一)より(二)を控除した七、〇三二、一三四円となる。
五 以上により原告は被告に対し金七、〇三二、一三四円及びこれに対する支払請求の日である昭和四五年八月二八日以降支払済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるために本訴に及ぶ。
別紙第二<略>